ある女は、道端で似顔絵を書いているひとりの男と出会い、恋に落ちた。
男は、足が不自由で車イスに乗っていた。
女は、その男の絵と、優しく笑う目が大好きだった。
その女には、結婚詐欺にあった過去があった。
もう男なんて信じられない、と思っていたけれど、
彼の目は澄んで美しく、この人だったら信じてみよう、と感じていた。
男がはじめて女の家を訪れた。
女の家は2階で階段しかなく、女が手を貸すことで、男はなんとか部屋まで上がることができた。
ふたりは気持ちを確かめ合った。女は男と結婚したいと言い、男も女と結婚したいと言った。
女は幸せだった。とても、とても幸せだった。
そして女は、引き出しから、指輪を取り出した。指輪を見せながら男に言った。
「これは死んだ両親の形見なの。私は前につきあっていた男性に裏切られた。
信じていたのに、騙されたの。だから、私にある財産は、もうこれだけ。
それでも一緒にいてくれる?」と。
男はだまって微笑んだ。彼女が愛する優しい笑顔で微笑んだ。
何日かたったある日のこと。女は、両親の肩身の指輪がないことに気づく。
家中を探してみたけど見つからない。
女の頭の中に、自分が愛する男の顔が浮かんだ。
この指輪の場所を知っているのは、そう、その男だけ。
もしかしたら……。女は、男を疑った。男のことを信じたかったけれど。疑わずにはいられなかった。
それは、とても天気のいい日だった。
女は、男の過去を調べた。男を信じるために調べた。男を愛していきたいために調べた。
男は、過去に詐欺罪で捕まっていた。
女は、確信した。指輪を盗んだ犯人は男だと、確信した。
女はその夜、男を誘った。「散歩にでもいきましょう」と。
男の車イスを押しながら、ふたりは夜の散歩にでかけた。
そして、踏み切りを渡ろうとしたとき、女は男の車イスのムキを変え、線路の溝に車イスのタイヤを入れた。
車イスは身動きがとれなくなった。そして女は、ひとり踏み切りを出た。
カンカンカンカン……
踏み切りの旗が降りる。電車が近づいてくる。男は助けを求めた。
「私をだましているんでしょ? 本当は歩けるんでしょ? 立ちなさいよ! 歩きなさいよ!
あなただけは、信じていたのに!」
女は叫んだ。
カンカンカンカン……
男は、電車にはねられ、死んでしまった。
その瞬間、男は女に微笑んだ。
男の遺体を前にした女に、ひとりの老人があらわれた。老人はすべて知っていた。
老人が男の遺体にかけられた、白いシーツをめくると女はちいさく悲鳴を上げた。
男は、義足だった。
本当に下半身が不自由だったのだ。
老人は、ひとつの指輪を取り出し、女に見せた。それは彼女の両親の形見の指輪だった。
「この指輪の宝石は、ニセモノだ。
この男は、ニセモノの宝石を本物に変えて、こっそり元に戻そうとして
指輪を盗んだんだ。もちろん2階まではのぼれないから、ある少女に頼んでね。
彼は本当に君のことを愛していたんだよ」
女は泣き崩れた。男にしがみついて、叫びながら泣いた。
老人は言った。
「愛とは信じることですらないのかもしれない。
愛とは疑わないことだ」
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これは、私が高校生のときに放送していた「世紀末の恋」というドラマのなかにあったお話です。
(見てない人にもわかるように、ちょっと変えてありますが、基本は同じです)
「世紀末の恋」には3つすきなお話があって、これは『車椅子の恋』というやつです。
『パンドラの箱』と『恋するコッペパン』というお話も好きです。
老人っていうのは、山崎努さんなのですが、この最後のセリフ、
「愛とは疑わないこと」というのが、すごく印象的でした。
ちなみに女は純名理紗、男は三上博史。
しかし、「愛してるから疑ってしまう」という言葉を、
恋人との関係に悩む友人から聞きました。
はて。
愛ってなんなんですかね~?
この寝苦しい夜には、重すぎる疑問です。